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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(オ)1188号 判決 1986年1月23日

上告人 東健治 ほか一名

被上告人 国 ほか三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人弘中惇一郎、同西垣内堅佑の上告理由第一点について

債務者は、履行不能以外の事由によつて債務の本旨に従つた履行をしなかつた場合においても、右の不履行につき故意又は過失のないことを証明したときは、債権者に対し損害の賠償をする責めを負わないものと解するのが相当である。原審は、上告人らの長男径一の死亡につき、被上告人片桐和の履行補助者である保母らに保育委託契約上の過失はなかつたものと認定し、同被上告人の保育契約上の債務不履行責任を否定しているのであつて、原判決に所論法令の解釈適用の誤りはない。論旨は、独自の見解に基づくものであつて、採用することができない。

その余の上告理由について

径一の死亡は、上告人ら主張のような原因による窒息死であつたとは認められず、乳幼児突然死症候群による突然死であつて、右突然死について被上告人片桐和の履行補助者である保母らに上告人ら主張の保育上の過失、睡眠中の監視義務違反、救命措置義務違反はないとして、上告人らの被上告人らに対する本訴請求を棄却すべきものとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は右と異なる見解に立ち若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 高島益郎 谷口正孝 和田誠一 角田禮次郎 大内恒夫)

上告理由

第一点 法令適用の誤まり

一 上告人は片桐和の責任について、民法第七一五条のほかに、保育委託契約上の債務不履行責任も主張していたものである(原判決の引用する第一審判決の事実摘示第二の四項2)。

委託された乳幼児の身体生命の安全確保が、保育委託契約における受託者(保育園側)の基本的義務であることについては多言を要しない。さすれば委託中に乳幼児が死亡した場合については、受託者がその死亡が不可抗力によるものであることを立証しない限り、受託者が民法第四一五条の債務不履行責任を負うことは明らかである。しかるに原判決は、第一に吐乳吸引については「気管及び気管支内の吐物が果して径一を窒息せしめるに足りる量であつたかどうかについては明らかでない」(原判決一七丁表)とし、第二にふとんによる窒息死の可能性については「ふとんが径一の口や鼻に密着していたかどうかなど、その具体的状況については明らかではなく、どの程度の時間右の状態が継続していたかも証拠上明らかではない」(同一九丁表)とし、第三に突然死についても「乳幼児の突然死については、いまだその原因や発生機序が明らかでな(く)、……保育環境が径一の死亡の原因になつているとの点については、これを認めるに足りる証拠はない」(二四丁裏)と認定している。

要するに原判決は、径一の死亡について、その原因並びに死に至つた経過が証拠上不明であることを認定しているのみで、径一の死亡が不可抗力によるものであつたとは認定していないのである。したがつてこの場合受託者は債務不履行として損害賠償責任を負うべきであることは明らかである。

これと結論を異にする原判決は、民法第四一五条の解釈適用を誤まつたものとして破棄を免れない。

第二点ないし第八点 <略>

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